Column

コラム

咬合治療 事始め

私は開業歯科医「街の歯医者さん」です。十数年前から、“顎偏位症”の治療に興味を持ち始めました。顎偏位症というのは、“歯の咬み合わせが狂っただけで、顎がずれて姿勢が崩れ、一方では頭痛、肩こり、腰痛など、自律神経失調症に似た全身症状が現われる病気(朝日新聞より)”として、今ではずいぶん知られるようになりました。私が、咬み合せの異常とそれに関連する全身の症状に興味を持ったきっかけは、他でもない私自身が顎偏位症だったことにあります。そこで、自分の咬み合せを治療して自分の体に起こった変化と、患者さんを治療して患者さんの体に現われた変化を子細に観察し、いわば、自分と患者さんの体に教わるような形で治療体系を組み立ててまいりました。

 

まず最初に考えたことは、患者さんに努力を求めず治療が進められる方法はないだろうかということでした。歯磨きの練習ひとつとってみても、努力の要ることというのは、なかなか定着しにくいものです。もうひとつは、咬み合せ治療が一通り終わった後は、日常の生活をしているだけで健康に暮らして行けるようにしておきたい、ということでした。それは、患者さんが、私の手元を離れ自立してそれぞれの人生を歩んで行くうえに必要なことで、そのためには、治療終了時までにどのような条件を生体に与えておけば良いかを知りたいと思いました。

 

そのようなことを考えていたある日、“正しい直立二足歩行というダイナミズムを、患者さんの体に再構築する”というアイデアが浮かびました。私たちは皆ヒトでありますので、直立二足歩行が共通の移動様式であり、最大の特徴です。そこで、直立二足歩行の基本的な力学要素を、ひとりひとりの身体に普遍的なメカニズムとして再構築しておいたら、健康が維持されるのではないかと考えました。しかも、歩くという行為は、どなたにとっても日常的ですから、取り立てて時間をとってのエクササイズが要らないという点も気に入りました。

 

そこで、咬み合せの治療に際しては、患者さんに診療室で何歩か歩いていただいて、“咬み合せ”と“直立二足歩行”の関係を観察し始めました。その時から、顎偏位症の治療においては、“口腔内における咬み合せの構築”と“生体のダイナミズムの修正”とを、共に“正しい直立二足歩行の再構築”に向けて行うという、私の治療上の試みが始まりました。

 

治療を進めてゆくうちに、この治療方針は大変に有効であることが分かってきました。その理由は、私たちの体の仕組みが、二本の足で歩き始めたことよって造られてきたものだからです。脳重量の増大、およびそれに伴う知性の発達も、二本の足で歩いた結果として人類にもたらされたものであることを、人類学者の江原昭善氏は、「人類は、“あたまから”ではなく、“あしから”ヒトになった」と端的に述べておられます。

 

直立二足歩行を正しく行うことのできる体になるということは、取りも直さず、ひとりひとりが、進化によって出来上がった自分の身体を効率良く使ってゆくことです。ただし、ここでいう直立二足歩行といいますのは、二本の足で歩いていれば良いという意味ではありません。そのメカニズムには、基本的な約束事があります。それが咬み合せの約束事と相互に関係しあっているのです。

 

街を歩く人たちの後ろ姿を眺めていると、直立二足歩行のメカニズムが崩れている方が、とても多く見受けられます。直立二足歩行というメカニズムは、エントロピーの増大の法則に逆らう方向で組み立てられた、たいへん精妙なステムです。それゆえ、骨格筋その他の筋力の低下した現代人では、大変乱れやすいのです。診療室でも、顎偏位症の患者さんにおいては直立二足歩行が乱れており、その乱れのパターンは、咬み合せの乱れのパターンと大変密接な関係にあります。

 

われわれの祖先をして、猿人から新人類へ、ヒトから人間へと進化せしめたのは“あし(直立二足歩行)”です。そこで私は、“正しい直立二足歩行”がしっかり行えるような“正しい咬み合せをつくること、つまり“歩行”と“咬み合せ”とが、相互に支え合いながら患者さんの健康に寄与する状態をつくることを、咬み合せ治療の根本目標にしているのです。

 

 

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