Column

コラム

おひざは社会

咬み合せの治療をしていると、治療中の患者さんが聞かせて下さるお話に、“なるほど、確かにそんなことがあるに違いない”と納得するようなことがよくあります。“ご法事のお話”もそのひとつ。お一人ならず、何人かの方からうかがいました。なぜ歯科医院で法事のことが話題になるかといいますと、次のような事情です。「先日、親戚に法事がありましてね。私、正座をすると、膝が痛くて立てなくなってしまうんです。でも、まさか私だけ足を崩している訳にもまいりませんから、覚悟してすわっていたんです。そして恐る恐る立ってみたら、先生、ぜんぜん痛くなかったんですよ]と、“思いがけない発見”を報告してくださるのです。膝の痛みは、咬み合せ治療が得意とする分野のひとつです。

 

私たちの膝関節は、骨格系の中でもきわめてヒト的な部分です。ヒト的というのは、その特徴が人類になってから備わったというほどの意味です。別な言い方をすると、化石が掘り出された時に膝関節があれば、その生き物がサルであったかヒトであったか判定できるのです。図(Ⅰ)の3つの膝を見比べてください。現代人の膝では、大腿骨(ももの骨)と脛骨(すねの骨)が、角度を持って関節しています。類人猿すなわちサルでは、両者は直線的につながっています。さて、それでは、真ん中のアファレンシスは、サルでしょうかヒトでしょうか? もうお分かりですね。アファレンシスはヒトの仲間です。驚くなかれこの地球上には、400万年以上も前から、立って二本の足で歩く事を基本的な移動様式とした生き物・人類がいたのです。

“ヒト的膝は、ヒト的歩行様式を意味する”『ルーシー』ジョハンソン著)といわれます。膝に故障が起こったということは、その方の歩行が、ヒト的歩行様式から少々ずれてしまったことを意昧するともいえるでしょう。膝は、四足歩行から二足歩行に進化する過程でやりくりを重ねてきたため、構造・機能ともに複雑で、機能不全を起こしやすいのです。それは、膝関節が不一致関節に属していることと、大いに関係があります。図(Ⅱ)にご覧いただくのは、膝関節と股関節です。不一致関節である膝関節では、関節頭と関節窩を形成する骨の凸面と凹面が一致していません。そのため自由度が大きく、滑走しながら回転するといったように複雑な動きができる反面、安定性が低いのです。その点、代表的なー致関節である股関節では、大腿骨頭が寛骨臼にしっかりはまっているため、安定性が高いのと対照的です。

さて、お膝が痛いといわれたら、ちょっと白衣の腕まくりをしなければなりません。まず、次の二つの点についてご理解いただくことから始めます。お膝が痛いという方は皆さん、痛い側のお膝が悪いのだから、そちらのお膝を治療する必要があるとお考えになっています。そこで、“痛みの原因は、痛くない側のお膝の機能不全にある”ことを説明いたします。たとえば右の膝に痛みがある場合なら、「痛くない左のお膝の関節が、設計図にしたがった動きをして働いてくれないために、右の膝関節に、負担がかかり続けていたのですよ」という風に。

 

その上でもう一つ。お膝のお皿(膝蓋骨)が飛び出して見えるほど痩せている方でも、お膝は痛くなっているので、“体重が標準値よりもちょっぴり多いことは、根本的な原因ではない”ということもお話しています。といいますのも、たいていの方が、お膝の痛みから開放されるためには、ご自分の体重を10kgほど減らす必要があると、信じていらっしやるようなのです。実際、痛くないほうの膝が“ヒト的”動きになるよう、咬み合せと体とを整えていくと、体重は変わらないままで、膝の痛みや溜まった水(潤滑液)は引いてゆきます。ですから、ダイエットの指導はいたしません。

 

咬み合せの治療で膝の動きをコントロールする場合、咬み合せの再構築には、高い洗練度が要求されます。なにしろ、膝関節が最も重要かつユニークな動きをするのは、歩行のサイクルの中でも、一本の足で全体重を支える時なのです。力学的にみて最も不安定な時に、自由度の大きい膝関節が複雑な動きをしているのですから、それをサポートするには、咬み合せの仕上げにも細やかさが要求されるのは当然といわねばなりません。顎位(上顎に対する下顎の位置)を補正し、重心のバランスを整えた上で、犬歯から小臼歯の咬み合せが膝の動きとうまく連動するよう調整します。もちろん歯列のアーチが左右ほぼ対称で、体重が左右の足に均等にかかっているというようなことが達成された後のことです。

 

さて、実際のところ、お膝が痛くても命に別状はありません。けれど、お膝が痛いということは、たったそれだけで、お出掛けがままならなくなってしまうことを意味するようです。診療の折々にお話をうかがっておりますと、お子さんを育て上げられご自分の時間を持たれた方は、ご夫婦で或いはお友達と連れ立って、季節を味わう小旅行をなさったり、美味しいものを食べに出かけたりして、楽しんでおいでのようです。趣味の集まりやボランティアで活躍なさっておられる方も、生き生きとしています。そのようなお話を伺うたびに、早いうちに膝の故障を治しておくことは、その方が将来においても自由に外出できるための、すなわち社会を失わないための、大切な条件のひとつであるように思われるのです。

 

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