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コラム

舌の系統発生上の特性から 舌癖について考える

私は、顎偏位症の患者の、顎位を補正して行く治療過程で、舌というものは、顎を本来の位置に安定させる上に、大切な働きをしていると感じるようになりました。顎位の狂っている人で、舌背が口蓋にピクッと接していて、上下の歯列の間に、適度な安静空隙が保たれているという事は、まずありません。“舌を上あごにつけてみて”と指示しても、先だけを口蓋に接するのがやっとという人がほとんどです。やみくもに、舌の機能訓練を試みても、なかなか、効果はあがりません。ボタンを舌背において口蓋におしつけておいたり、舌背を口蓋に押し付けてから、勢いよく引き離したり‥‥。そのような、筋肉トレーニングの成果によって、睡眠時も含む、日常の無意識の舌の位置までも改善することを考えたら、絶望的な徒労感に襲われてしまいます。これは何か、大事な点で、間違っているんじゃなかろうかという気がしてくる訳です。

 

それで、思った事。もしかしたら“舌は腕”なんじゃないか。私たちが、病気やケガで、体のバランスが悪いとき、壁に腕をついて、体を支えながら歩くでしょう。腕を使って、体のバランスをとっているのですね。もしかしたら、舌は、口の中で、この腕として、抗重力系のバランスの中に、組み込まれているのではないかと思いました。もしそうだとすれば、“足腰”のバランスが悪いまま舌の機能訓練をする事は、つたい歩きが必要な人の腕を、無理矢理、壁から離させようとするのと同じことですから、うまくいかないのもうなずけます。

 

そこで、咬合治療が、ある程度進んでから(私の場合ですと、低周波を使って、中部ユニット、上部ユニットという具合に体壁系のひずみをとり、小腸系の経絡でバランスをとるあたりになって)他の筋肉同様、舌に低周波をかけてみました。それから、舌を口蓋に接するよう誘導すると、口蓋に舌背がつく事がわかりました。

 

という事になると、舌の機能訓練というイメージは、私の中で変更しなければならなくなります。舌の機能訓練というものは、“舌のボディービルディング”ではなく、“舌のリラキセーション”である、という具合に。舌の筋力を鍛えて、何とか口蓋に持ち上げて置こうというのと、リラックスしてふっくりとした舌の筋塊が、ふんわりと口腔内に広がって、クッションの様な働きをして、安静空隙を維持しているというのとでは、まるでイメージがちがってきます。

 

舌を、系統発生学の立場から眺めると、それは、異なる2つの系統からなる器官なのだそうです。一つは、「毒物と栄養物を選別する“触角”に相当する」触覚を司る器官であり(『内臓のはたらきと子どものこころ』、三木成夫)、もう一つは、脊椎動物が、魚類から両生類になって、水から陸にあがって、食物を捕らえるときに必要な捕食器官、すなわち“手”として発達したものだという事です(図)。言いかえると、感覚としては内臓系の鰓の感覚ですが、筋肉の由来としては体壁系で、腕と兄弟の関係にあるという事です。その点、顔面の表情筋が、全部、鰓由来の筋肉である中で、舌というものは、“内臓感覚が体壁運動で支えられている”という、特殊性があるのだそうです。そういえば、とっても欲しいものがある時、喉から手が出るなんていいますが、あれって本当だったのですね。

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