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コラム

『ハッピー・エンドは金庫の中』

娘に誘われて、高橋真梨子のコンサートには、一度ならず足を運びました。彼女は息の長いアーティストで、かつてグループのヴォーカルをしていたこともあります。当時の持ち歌“ジョニーへの伝言”“五番街のマリー”などは、親の世代である私にとっても懐かしい曲目です。コンサート会場で聞く生演奏のナンバーは、しっとりと歌い上げるアルバムの印象に比べて、バック・バンドの音響の迫力が耳をつんざかんばかり。表題の曲は、ある時のコンサートのオープニングに使われたこともあります。失恋したばかりの女の子に、かつての恋人が、“彼に振られたらここに来ればいい。ハッピー・エンドはずっと金庫の中だね。”と、まあ、慰める唄なのですが、歌詞のデリケートさに反して、かなりアップ・テンポのアレンジで、“さあ、コンサートを始めるよ”という合図にぴったりだと思ったのを覚えています。彼女のハッピー・エンドを保管してある金庫は、一体どんな手順で開くのでしょうか。

 

さて、咬み合わせ治療を受ける方は、皆それぞれにハッピー・エンドを求めておられます。つまりお目当てがあります。それは、腰痛からの開放であったり、日常生活を人並みに過ごすのに必要な体力であったり、検査値の異常の改善であったり。最近では、姿勢や容貌の回復といったエステティックな目標を持っていらっしゃる方もあったりします。これら千差万別の八ッピー・エンドは、コンサートのオープニングの曲の題名ではありませんが、やはり金庫の中に入っています。慎重に、約束にのっとった手順を踏まないと、手にする事が出来ません。咬合治療によって体全体のバランスを修正し、症状の軽快を維持できるシステムにまで再構築しようとするなら、施術には部位と順番があるということです。

 

例えばどなたかが、膝が痛いので治したいと、来院なさったとします。そんな時、そうですかと、いきなり膝に施術はいたしません。なぜなら、膝が痛まなくなるためには、それ以前にもっと大きな力学的なひずみを整えておかねばならないからです。少々回り道のような気がしても、大所から順番にバランスを整えて全体性を再構築をしておかねば、一時的にある部位の症状が軽快したと思っても、またぶり返したり、何らかの手当てを続けていないと治療の成果を維持できないということになります。

 

それでは。何を以て順番とするのかということになりますが、幸いなことに、直立二足歩行というシステムは進化の過程を反映していますので、掴まえ所が無いようでいて案外わかり易いのです。

 

第一は、何といっても“脊柱のくねりの左右の対称性”です。街を歩いている時に、目の前を歩いて行く方の背骨の動きを観察してみてください。腰骨の動きが、左右にほぼ均等に触れているでしょうか。私たちは、まず鍾から着地し、そこから小指の付け根(小趾丘)に移ります。その後、小指側から親指のつけ根に移る時に、腰は反対側に振れてやや高くなり、この位置エネルギーがもう一方の足を振り出すエネルギーとして使われます。そのようなダイナミズムが左右交互に繰り返されるため、正常な歩行ではエネルギーの消費が少なく、長い距離を歩き続けられるのです。

 

歩行に伴う脊柱の左右対称のくねりは、これを脊椎動物の移動様式の進化という観点からみた場合、最も基本的なロコモーションの原理を表しています。図に示したのは、左が魚のロコモーション。体幹をくねらせることで前進しています。ヒレは舵取りの役割です。右は、両生類のサンショウウオのロコモーション。ヒレは四肢として移動に組み込まれています。爬虫類、哺乳類と進化が進むにつれて、体幹は次第に地面から離れ、地上での速やかな移動に有利になっていきます。このように、ヒトの歩行における脊柱のくねりは、ヒレがまだ手足となる前から営々と引き継がれてきた脊椎動物のロコモーションの原理、基本中の基本であり、二本の足で歩くようになったわれわれが、体幹を左右にくねらせて移動するという脊柱動物のロコモーションの原理から、今もなお離脱していないことを示しています。

 

したがって、歩行に伴う脊柱のくねりの左右対称性を回復することが、施術の中で、順位の高い、最も最初に達成すべき要件になります。咬み合わせにおいては、顎位かこれに対応しますので、咬み合わせを再構築する上での最も基本にして最初に施術すべきは、まずは顎位ということになります。

 

咬み合わせ治療を組み立てていくにあたって、直立二足歩行をパラメーターとして観察すると、そこには進化のプロセスのステップが、整然と組み込まれ、施術の部位と順番を規定することがわかります。それらは、あたかも金庫をあける秘密のナンバーとなって、ハッピー・エンドにいたる道筋を示しているようです。

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