若いママから、時々お受けする質問のひとつに、歯列矯正治療の開始時期があります。うちの子供の歯並びは、このままではうまく並んでくれないようだけれど、いつ頃から治療を始めたらいいのでしょう、というものです。
そんな時には、最近の傾向として、歯列矯正治療の開始時期が早くなっていることをお伝えしています。早くといいますのは、これまでの、永久歯がほぼ生えそろってから行う矯正に比べてのことで、実際、前歯が生え変わったころから始めるほうが後々良い結果につながる場合が多く見受けられます。
整えるべき永久歯もそろっていないのに矯正できるのか、と思われるかもしれませんが、前歯の4本が生え変わるころには、“このままでは良いバランスには生えてくれない”、“おそらくこのような歯並びになってしまうだろう”というようなことは、大方の見当がつきます。さらに、顎全体の骨の中が1枚のレントゲン写真に写るような撮影法を用いますと、顎の骨の中で出番を待って着々と準備を進めている永久歯の状態が手に取るようにわかります。多くの場合、乳歯の根を溶かしながら永久歯が生え進んでいるのに、その先に必要な場所がありません。そこで、これから生えてこようとしている歯のために、萌出スペース(永久歯が生えてくるのに必要な場所)を作ってあげるのです。
骨の中にある永久歯は、まだ燃料の残っているロケットのようなものですから、適切な場所にスペースを用意してあげれば、そこをめがけて進んできます。萌出力という歯に本来備わった燃料を生かして、永久歯自体には力をかけずに良い位置に誘導するのが、生え変わりの仕組みを生かした矯正法です。
それに比べて、永久歯の生えそろった歯列では、1本だけ歯並びから外れてしまった歯をちょっと入れてほしいという場合でも、他の歯を何本も移動させてようやくその歯の入るスペースを作り、これまた力をかけて位置のずれていた歯をその場所に収めます。生え終わった歯は、いってみれば燃料を使い果たしたロケットですから、位置を変えるためには、歯に力をかけてやらなければならないのです。お子さんの歯並びの具合を気にかけて早くから診察を受けていたのにもかかわらず、様子を見ましょうというようなことで生え変わりの時期を過ごしてしまい、さて、いよいよ矯正治療が始まるという段になって、顎が小さく本来の本数の歯を並べる場所がないので、左右の小臼歯を上下合わせて4本抜いてひと回り小さい歯並びにして並べましょう、というようなことになりがちなのは、一度生え終わってしまった歯を動かすのは、そう簡単ではないからです。
もちろん、永久歯になってからでも、できるだけ歯を抜かないで矯正する方法はいくつかあり、私のところでも、そのような方法を組み合わせて治療をしているのですが、もっと早くから始めていたら良かったのに、と思うことも少なくありません。
早い時期からの矯正法の優れた点が、もうひとつあります。それは、歯の丈が足りない時の治療です。一度生え終わった歯では、すでに萌出力という燃料が切れていますので、背丈を増やすことはなかなか難しくなります。鉢植えの球根を引き抜いて、土を入れ足して、好きな高さに植え加えるような訳にはいきません。その点、萌出力を利用して少し背を高くまで生えさせて、咬み合わせのバランスを整えることが可能なのも、生え代わりの時期の体の仕組みを生かした矯正法の優れた点です。