久しぶりに乗馬に行きました。車を降りると、白い毛並みの馬や、つやつやした茶の馬が数頭、春風にたてがみを揺らしながら騎乗者の指示に従って行き交っていました。人も馬も全身を集中させているため、その風景は思いのほか静かです。
馬に乗るためには、何よりもバランスの良さが要求されます。ですから、体の癖や関節の具合をチェックしたり補正をしたりするには、乗馬は最適のスポーツです。今日のレッスンでも、インストラクターから指摘される左右のバランスの狂いの原因が、仕事つまり診療の時にとっている姿勢にある事に気づき、習慣性の姿勢が、体にとってどれ程大きな影響を持つか、認識を新たにしました。実際、咬み合わせ治療の併用療法として、体のバランスを整える治療をしてゆくと、けがや手術の影響とともに、習慣性の姿勢の問題が出てくる場合が、よくあります。いわゆる癖の事ですが、座った途端に、いつも同じスタイルで膝を組むなどは、姿勢を狂わせる癖の筆頭にあげられるでしょう。気をつけたいところです。
さて、馬のエンジンは後ろ足にあります。障害という大きなハードルを飛び越える競技で、踏み切りといいますが、障害の手前で腰を落として身を縮め、力をため込んで後ろ足で一気に地を蹴る様は、躍動感があって見事です。馬に限らず哺乳類は、車にたとえれば後輪駆動というところです。後ろ足が前進運動・蹴りだしのためのエネルギーを供給します。前足は接地する体への衝撃をやわらげる緩衝器の働きをしています。大腿骨の骨頭は関節にぴったりとはまりこんで、エネルギーを伝えるのに無駄が少ないのに対し、前肢の関節はゆるく接続していて、着地衝撃を吸収するのに有利な構造になっています。障害を飛んだ馬は、自らの巨体に人の体重まで加えた重さを、ほっそりとした前足で支えながら着地します。この時、肩を柔らかく使って、なめらかにエネルギーが吸収されねば、騎乗者は、あっという間に放り出されてしまうでしょう。
ところで、四足動物において4本の脚で行われてきた運動を、2本の脚でやりくりしているのがヒトの歩行です。後足だけで前足の働きまでもまかなっているのです。人の歩行を足の裏との対応関係で見ていくと、まず、親指の付け根で蹴り出して、もう一方のかかとで着地します(図Ⅰ)。これを四足動物の歩行と対応させて考えてみると、前進のためのエネルギーを供袷する後肢の働きが親指の付け根で、接地するかかとは、何と前肢に相当しています。そのため、ヒトでは、骨と骨が接続したくるぶし、ぴっちりとはまった股関節などでエネルギーを吸収する緩衝作用をするはめになっています。これでは、構造上なんとも不利ですが、かかとが地面に着くと同時に、くるぶしの関節、膝の関節、股関節が譲り合うかのごとく連動して、全体で肩関節の持つ衝撃の吸収を担当しているのです。
図Ⅱは、歩行に伴う足の裏の体重の負担部位の移り変わりです。かかとの外側で接地し、小指の側に廻り、親指の付け根に移ってから、親指にぬけていきます。つまり、足を外から中へあおって歩いている訳です。足の裏を隅々まで使ったこの“あおり”というダイナミズムによって、ヒトの背骨はお魚のそれのようにくねり、重心が常に中心へ中心へともとって来ます。そのようなダイナミズムをサポートする咬み合わせはというと、顎位、歯列のアーチの他に、個々の歯の接触関係までも含まれてきます。
治療が進むにつれて、患者さんがよくおっしゃる言葉の一つに、「歩くって、こういうことだったんですね」というのがあります。その時の皆さんのお顔を拝見していると、“正しく直立二足歩行ができたなら、歩くことは本来楽しいことなのだ”との思いを深くします。だからこそ、赤ちゃんに「あなたは、ヒトなのだから歩かなければならないのよ」なんて言い聞かせなくても、時が来れば立ちたがり、転んでも転んでもなお、歩こうとするのでしょう。