Column

コラム

歯のアトリエ

 たいそう怖がりの方です。たいていの方は、通院が重なるにつれ安心してくださいますが、この方は、治療が大分進んだ頃になっても、「また、何だか緊張してきました」と不安そうなお顔をなさいました。おまけに通院のさなかに花粉症の季節が始まり、鼻で息が出来なくなってしまうので。頭部にある鼻の通りをよくするツボに鍼をしたまま歯を削る、などということもありました。ですから今日という日は、待ちに待ったゴールだったことでしょう。前歯に白い歯7本をかぶせました。

 

 この方のかぶせ物を作るにあたっては、ご自身の前歯があった時のお写真を拝見いたしました。お目にかかった時には、すでに前歯の何本かが白い歯でかぶせてありましたので、もともとの口元のイメージをつかむためです。その上で、ご自身が改善したいと思っておられる点を伺い、さらに、私か改善してみたいと思う点を提案し、これから作る歯の形態を絞り込んでいきました。

 

 次には、担当してくれる技工士さんに、プラスティック製の仮の歯を作ってもらうことになります。この段階で、患者さんとの間で相談した内容を伝え、お預かりした写真のカラーコピーも添えて参考にしてもらいます。

 

 さて、仮の歯が出来てきたら。それを元に、さらに形を修正していきます。患者さんには手鏡を持っていただいたままで、その方らしい歯になるよう、多いところは削り、足りないところにはプラスティックをたしていきます。もうすこし華奢な感じにしましょうか、ここのカドはちょっぴり丸くした方が顔とのバランスがよくなりそうですね、などと手を加えていくうちに、ちょっとしたことで雰囲気が変わることを目の当たりにして、ご自身からも要望が出るようになります。発音に関する影響や、笑った時の歯の見え方などもチェックします。このステップは、患者さんと私か、それぞれに描いているイメージを共通のものに高めていく過程として、とても大切なところで、思わず熱が入ります。

 

 ここからは、技工士さんにバトンが渡ります。担当してくださる技工士さんに、出来る限り正確で具体的な情報をお渡しするために、色々な手立てを講じます。まず、仮り歯をはめた歯型をとって、模型にして技工士さんに送ります。また、摸型では顔が判りませんので、仮の歯が入った顔と口元の写真を添えます。顔を知っていただくのは、“似合う歯”を作るための情報として生かしてもらうと同時に、“この方のための歯”を作るのだという製作者の気持ちを注ぎ込んでもらうためです。最近は、デジタルカメラがありますので、撮った映像を電子メールで送ったり、プリントアウト(印刷)したものを手軽にお渡しできるようになりました。模型と写真が技工士さんに届くと、打ち合わせの電話が入ります。顔の一部となるものを作るのですから。表現したいポイントや雰囲気、患者さんご自身からの要望も伝えて、この段階で細部にわたる打ち合わせをします。

 

 こんなプロセスを経て、今日ようやく最終的な歯が出来上がってきたのですから、「こうなりたいと思っていたイメージ以上です。勇気を出して治療にうかがってよかったです。今日は一日ご機嫌でいられます」と、患者さんのお顔が輝いた一瞬は、歯医者である私にとっても嬉しい瞬間でした。出来上がった歯にどれだけの精魂が込められているかは、一目瞭然です。「作ってくださった技工士さんによろしく伝えてください」とことづかりました。

 

 かぶせたら取り外しをしないものであれ、取り外しをする入れ歯であれ、口の中に入れるものを作るのは、技工士さんとの協同作業です。歯は、噛むという機能を果たすものですから、形態は理論にかなっていなくてはなりませんし、精密であることは基本です。まさに技工という言葉通りですが、歯科医療を通して“その方らしいきれい”を表現しようとするとき、技工士は技術者である上にアーティストであることを求められ、技工所は“歯のアトリエ”としての作品を求められるようになるのだと思います。

 

048-549-0190
完全予約制
ご来院の際はご予約を
診療時間
9時-13時/14時-18時
休診日
木曜・日曜・祝日