Column

コラム

一事が万事のフラクタル -咬合と全身はフラクタルな関係-

どことなく夏空の雲を連想させるような、線描きの絵が二つあります。じっと眺めていると、不思議な気分になってきます。それらは、全体として一つのシルエットを持ちながら、目をこすってじっと見ていると、やがて、その中にまた、全体と同じシルエットが、騙し絵のように潜んでいるのです。このグラフをパソコン上に描いておいて、ある部分を拡大してみると、初めに見たシルエットのパターンが描かれており、そのまた一部を拡大してみると、そこにもすんぷん違わぬ同じパターンが潜んでいるのです。幼い頃に、三面鏡の中に顔を突っ込んでみて、鏡を覗いている自分の姿が、次第に小さくなりながら彼方にまで続いていることに、驚きをもって見入った体験をお持ちの方もおられるでしょう。自己相似といいますが、このように“部分”が“自己を含む全体’こと相似の関係にある事を、フラクタルといいます。

 

ところで、私たちの体についても、ある部分が全体と相似の関係にある、部分が全体を映しているという例は、いろいろあります。足の裏だけで、全身の健康状態を把握し治療するという人達もいますし、人相、つまり顔を見ただけで、健康はおろか運勢までも判ってしまうという人達もいます。“一事が万事、何をさせてもあいつらしい”などというのも、ある限られた範囲における行動のパターンや質が、その人の人となり全体を映しているという点で、これなども一種のフラクタルな関係といえるかもしれません。

 

さて、口の中という限られた領域のシステムである咬合も、抗重力系の動的バランスにおいて、全身と強い相似の関係にあります。全身の動的バランスのシステムは、直立二足歩行に象徴的に表現されていますので、咬合は、直立二足歩行とフラクタルな関係にあるということになります。だからこそ、咬合の特徴を見ることによって、歩行の特徴が予測できたり、歩行の癖をつかむことによって、咬合の特徴をある程度把握することが出来るのです。抗重力系というのは、重力に抗して(逆らって)動くシステムということです。重力に逆らうということは、高くするということです。高く高く積み上げたバベルの塔が、ついに神の怒りに触れ崩れ落ちたという話に象徴されるように、縦長になるということは、重力という掟に逆らうことで、バランスの安定にとっては不利な条件になります。にもかかわらず、立って、わずか二本の足で体を支えたり、縦長の体で、平坦ではない場所をも物ともせず、細やかにコントロールを加えながら歩くことのできる直立二足歩行というシステムは、いかに精妙なシステムであるか、想像に難くありません。

 

私は、咬合治療した後で、自分のおこなった治療の効果を評価をする際、患者さんに、目の前を何歩か歩いていただいて、直立二足歩行というシステムの、どこがどの程度変化し整ったか、あるいはまだ効果が不十分であるかを判断しています。このようなことが可能であるのは、咬合と全身が、直立二足歩行というダイナミズムを介して見た時に、相似であるばかりでなく相互性を持っていているからです。

 

咬合という、体の狭い部分の動的な要素と、直立二足歩行という全身の運動系とは、それぞれ独自の動的システムを持っていますが、別々に切り離すことは出来ません。別な言い方をすれば、咬合を変えた場合、歩行に何の影響もないということはありえないし、逆に、怪我や習慣性の悪い姿勢などによって歩行が変われば、咬合に何らかの影響が出る可能性があるということです。

 

このように見てくると、何か固定的で単純な判断基準が欲しくなりそうですが、直立二足歩行や咬合というような複雑な現象を扱う場合には、「複雑な現象では、多くの要素の動的な関係を、個々の独立した過程に切り離すことができないという事実を、シリアスに受け止め、この事実を常に自覚しておくことが必要になる」のです。

 

生体力学というような、「無数の構成要素から成るひとまとまりの集団で、各要素が他の要素とたえず相互作用を行っている結果、全体として見れば部分の総和以上の何らかの独自のふるまいを示す」複雑なシステム(複雑系)の解析においては、あえて特定の基準点を求めるなどして、動きを単純化してして捕らえようとせず、「複雑なものを複雑なままに見ようとする態度が」必要になってきます。そうした上で、それらの解析において、「一見複雑に見える現象でも、その根底には、単純な法則なり規則なりが存在している可能性がある(カオス)」というのが、近年の科学の態度であるように思われます。

 

私たち歯科医の関心事である咬合も、重力の作用という単純な法則に貫かれた、直立二足歩行システムとのフラクタルとしてみるときに、解析の新たな切り目を見出すことが可能であるように思われます。(「」内は、「複雑系とは何か」吉永良正,講談社現代新書より)

048-549-0190
完全予約制
ご来院の際はご予約を
診療時間
9時-13時/14時-18時
休診日
木曜・日曜・祝日