佐藤歯科クリニック・ラボ

2017年08月17日(木)
咬合は杖

 診療室にお見えになる患者さんを見ていると、80歳を過ぎてなお、かくしゃくとして社会の第一線で活躍している人がいる一方で、年齢以上に老け込んで、覇気の感じられない人が見受けられます。老年期の方が歯科治療に通う際、歯科以外にもいくつもの科に通院しているために、次の予約日の設定をやりくりしている姿はまれではありません。また、寝たきりや痴呆を含む要介護人口の増加は、大きな社会的テーマとなっています。年齢が進めば進むほど、健康な人と様々な病気を抱えた人との差は、開くばかりのように見受けられます。

 

 開業医としての臨床を通じ、広範囲の年代の人たちと接し、あるいは患者と共に年齢を重ねる日々の中で、目の当たりにする老年期の人における健康状態のあまりにも大きな差は、いったいどこに起因するのでしょうか。

 

 加齢によるいわゆる老化現象は、避けることはできません。しかし、日常の臨床の中で患者さんを診る限り、口腔内ひとつをとっても、生理的な変化の範囲とはとうてい受け入れられない変容がおこっている人が多いし、それに対するリカバリーの仕方によっても、生活の質は、大きく影響を受けています。

 

 近年、社会の関心と期待の寄せられている歯科医療の分野のひとつである「咬合と全身」というテーマも、このような背景を踏まえて考える時、治療手段として、あるいは健康増進、未病のための手立てのひとつとして、多くの可能性に満ちた領域であると思われます。もとより、咬合異常に対する処置は、難病奇病を含む疾患に対するオールマイティーの療法ではありませんし、また、咬合に起因する病状を持っているからといって、誰でもが咬合異常への対応処置に適している訳ではありません。それにもかかわらず、近年、多くの方たちが、口腔ケアを通じて心身の健全さをとりもどしているという報告が示すように、歯利・が新たな希望の扉を開きつつあることは、間違いがないでしょう。

 

 その患者さんは、以前に右肩の痛みを歯列矯正によって治療したことのある方のお母さまです。紹介の弁は、「姉と同居している母が、ここ何年か右股関節を痛がるようになりました。始めのうちは、それ程でもなく、あれこれ家事をしたりしていましたが、最近ではそれも難しくなりました。ほぼ毎日、バスに乗って整形外科に通っていますが、いよいよそれもつらい状態になってきたようです。年齢的な要因が強いので回復の見通しはないといわれています。元来マメな人なので、思うように動けないことが辛いらしく、最近では、愚痴が多くなり、同居の姉が音をあげて私に相談てきました。それで、咬み合わせで肩の治療をしたことを思い出し、母に話しかところ、行ってみたいと言うので、近ぢか連れて来てもいいでしょうか。もう歳なので、治るのは無理でも、今より悪くならないだけでも治療する価値があると思っています。」とのことでした。

 

 来院した患者さんは、診療室の入り口から数メートルのユニットに辿り着くまでの間、二度ほど立ち止まっては右股関節に右掌をあてがって、ため息をついてはまた歩き出すという状態でした。脊柱は肩甲骨下部のあたりで前湾が強く、両腕は横に下げておくよりも前で重ねておく方が楽な様子で、何も指示をしないと右掌を左手の甲に重ねて立つのが癖のようです。歩行状態を観察すると、やや右に傾いた前こごみで、痛い側の右股関節をかばうように、そろそろと歩きます。左と比べて、右足の接地時間が短く、左足で重心移動し。右足は、次に左足を接地するまでのつなぎとなっています。

 

 口腔内は上顎が無歯顎で、総義歯。下顎は大臼歯部欠損、部分床義歯を使用。咬合状態を診ると、顎位か右偏位で、咬合高径が全体にやや低いようです。アーチ・フォームは、右側のスピーカーブがきついため、全体としてたわんでいるのが気になりました。

 

 治療に際しては、83歳という年齢を考慮し、主訴である股関節の痛みが消えて日常生活に支障がなくなれば良しとする範囲で計画を立てました。したがって脊柱の湾曲および歩行の修正は、その目標を達成する範囲でとどめることにしました。歩行の修正には、東洋医学的低周波療法を併用。口腔内の処置としては、冠、義歯を新たに作ることで、顎位の補正を中心とする咬合の補正をしました。治療中、補正した顎位で咬み合わせを固定すると、股関節の痛みが消えるので、盛んに不思議がられていたのが印象的です。

 

 新しい咬み合わせになって、細やかな調整段階に入る頃には、受付が名を呼んでからユニットに着くまでの時間が短くなりました。小柄な方であるため、歩幅が狭くピッチが早い。家でマメに動くということが、うなずかれるような歩きぶりです。

 

 ある日、嬉しそうに話して下さることには、買い物に出かけて杖を忘れて帰ってきてしまったとのこと。ため息をつかなくなり、治療中の会話からも愚痴めいた内容が消えています。またある時は、右手の中指に皮製の指貫がはまっていたのでたずねると、以前手がけてそのままになっていたパッチワークのベッドカバーを完成させることにして、暇さえあれば布と針を持っていると答えました。後日、紹介者である娘さんから「治療が終わってからというもの、母が以前のように明るくマメに動き回るようになって、愚痴がなくなったので、姉からとても感謝されています。母からも“○子様、様だね”と言われてるんですよ。私か治した訳じゃないのにね。」と報告を受けました。

 

 この方の場合は、特に難病という訳でもなく、腰や股関節の痛み、膝の痛みは、高齢者にそう珍しいことではありません。しかし、たったそれだけのことが、個としての行動範囲を狭め、精神の希望を失わせ、生活の質を損ないます。そればかりか、その人にかかわりをもつ周囲の人たちの生活をも巻き込んでゆく要因となることをも示しています。

 

 社会的な動物である人間にとって、自らの足で自由に移動できることは、ただ単に日常生活にとって不便な要因であることを越えて、生きている限り失いたくない自立の能力のひとつです。このような治療に携わるたびに、歩行様式を整えておくことは、自立しか人生を全うするためにかけがえのない粂件のひとつである、との認識を新たにいたします。